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東京地方裁判所 平成元年(ワ)1447号 判決 1991年2月18日

原告

オレゴン州組合ノースコンⅠ

右代表者組合員

デビッド・エル・ブライアント

右訴訟代理人弁護士

櫻木武

被告

片山義高

萬世工業株式会社

右代表者代表取締役

後藤憲二郎

右両名訴訟代理人弁護士

後藤茂彦

羽野島裕二

河合信義

奥原喜三郎

馬越節郎

水谷彌生

田中圭助

奥村裕二

主文

一  原告と被告らとの間のアメリカ合衆国カリフォルニア州サンタクララ郡管轄のカリフォルニア州上位裁判所民事第四四五六四七号事件につき同裁判所が一九八二年五月一九日言い渡した判決に基づき、同判決中「被告萬世工業株式会社及び被告片山義高は各自原告に対し補償的損害賠償として米貨四二万五二五一ドル、訴訟費用として米貨4万0104.71ドルの各支払いをせよ。」との部分及び右各金員に対する一九八二年五月一九日以降一九八三年六月三〇日まで年七パーセント、同年七月一日から各支払済みに至るまで年一〇パーセントの各割合による利息支払義務につき、原告が被告らに対して強制執行をすることを許可する。

二  原告の被告萬世工業株式会社に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、うち二を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告らが共同して金六〇〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  原告と被告らとの間のアメリカ合衆国カリフォルニア州サンタクララ郡管轄のカリフォルニア州上位裁判所民事第四四五六四七号事件につき同裁判所が一九八二年五月一九日言い渡した判決に基づき、同判決中「(1) 被告萬世工業株式会社及び被告片山義高は各自原告に対し補償的損害賠償として米貨四二万五二五一ドル、(2) 被告萬世工業株式会社は原告に対し懲罰的損害賠償として米貨一一二万五〇〇〇ドル、(3) 被告萬世工業株式会社及び被告片山義高は各自原告に対し訴訟費用として米貨4万0104.71ドルの各支払いをせよ。」との部分及び右各金員に対する一九八二年五月一九日以降一九八三年六月三〇日まで年七パーセント、同年七月一日から各支払済みに至るまで年一〇パーセントの各割合による利息支払義務につき、原告が被告らに対して強制執行をすることを許可する。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告の主張

1  被告萬世工業株式会社(以下「被告萬世」という。)の子会社であるカリフォルニア州法人マルマン・インテグレイテッド・サーキット・インク(以下「マルマン」という。)は、一九八〇年三月オレゴン州法人コンソーシアム・カンパニー(以下「コンソーシアム」という。)及び原告たるオレゴン州組合ノースコンⅠほかに対し、マルマンと原告間において締結された賃貸借契約が強制力のないものであることの確認の訴え及びコンソーシアム及び原告並びにそれら組織の構成員らが欺罔的行為を行ったとして、それらの者に対し損害賠償請求の訴えをアメリカ合衆国カリフォルニア州サンタクララ郡を管轄する同州の第一審裁判所である上位裁判所(以下「第一審」という。)に提起した。

同訴訟において、コンソーシアム及び原告はマルマン及び被告らに対し反訴を提起し、マルマンに対しては前記の賃貸借契約の履行を求め、また予備的・代替的に、被告らに対し、被告らが欺罔的行為を行ったことを理由に、損害賠償の請求をした。

第一審は、一九八二年五月一九日、前記賃貸借契約は法的拘束力がない旨の確認の判決を言い渡したが、同時に、右反訴請求について請求の趣旨記載の判決を言い渡した。

右判決に対し、当事者の双方がカリフォルニア州第二審裁判所であるカリフォルニア・コート・オブ・アピール(以下「控訴審」という。)に控訴をした。控訴審は、一九八七年五月一二日、控訴棄却、原判決維持の判決を言い渡し、それにより、請求の趣旨記載の本件外国裁判所判決は確定した(確定した右判決を以下「本件外国判決」という。)。

2  本件外国判決は、勝訴者を原告及びコンソーシアムとしており、判決上の権利は両者に不可分的に与えられたものである。したがって、勝訴者の一人が単独で判決全部の執行を求めることができる。また、本件外国判決は、被告らの共同不法行為に対しての損害賠償義務を認めたものであって、被告らの債務は連帯債務である。

3  カリフォルニア州法のもとでは、民事判決の言渡日から、支払いを命じられた金額につき、一九八三年六月末日までは年七パーセント、同年七月一日以降は年一〇パーセントの利息が生じることになっている。

4  我が国とアメリカ合衆国カリフォルニア州との間には民事訴訟法第二〇〇条第四号にいう相互の保証があり、そのほか同条第一号ないし第三号の要件は具備されている。

よって、原告は、本件外国判決に基づく強制執行を許可する旨の判決を求める。

二  原告の主張に対する認否

1  請求原因1のうち、第一審が請求の趣旨のとおりの判決を言い渡したとの点は争い、その余は認める。第一審の判決主文には、請求の趣旨にあるような「各自」の文言は掲げられていない。

2  請求原因2は争う。本件外国判決の理由にかかる部分を参照しても、被告ら相互の関係を明示するに足る文言は見当たらない。

3  請求原因3は不知。

4  請求原因4のうち、本件外国判決が民事訴訟法第二〇〇条第三号及び第四号の要件を具備しているとの点は争う。

三  被告らの主張

1  原告の消滅等(本案前の主張)

米国内国歳入法典第七〇八条(b)(1)には、如何なる業務も、経理作業も、パートナーシップの事業もパートナーシップのパートナーによって行われなくなったときに、パートナーシップは終結する旨規定されている。ところで、米国におけるパートナーシップは毎年その課税所得を計算し、報告しなければならないとされているところ、原告は一九八一年以降税務申告をしていないことを認めている。また、原告は、一九八〇年二月一二日にその権益を別の米国パートナーシップであるノースコンⅤに譲渡している。さらに、原告は原告の実体が存在することについて立証を求める被告らの求釈明にも応じない。これらの事情に照らすと、パートナーシップである原告は既に消滅しているというべきである。

また、原告代表者と称するデビッド・エル・ブライアント(以下「ブライアント」という。)の代表権の存在にも疑問がある。

2  判決成立手続における公序違反等

(一) 判決の詐取

本件外国判決はカリフォルニア州法上判決の詐取の場合に該当し、判決の成立における公序良俗に反し執行できない。すなわち、本件の場合、コンソーシアムは第一審判決がなされた後の一九八三年一一月一二日に自己破産の申立てをしたのであるが、同日以降控訴審判決がなされた一九八七年五月一二日までの約三年半もの間、右破産手続係属の事実を故意に米国裁判所に隠蔽し、本来であれば、控訴審でコンソーシアムが勝訴した場合、破産手続の債権者に判決金額が分配されるはずであったにもかかわらず、これを妨げた。このような判決の執行を認めることは著しく正義に反し許されない。

また、カリフォルニア州民事訴訟法典第一七一三条四(b)(2)によれば、「外的な詐欺」によって判決が得られたときには外国判決を承認する必要がないとされており、事案を同じくする我が国の判決が同州で執行を拒絶されることが明らかであるから、相互の保証を欠くというべきである。

(二) 攻撃防御方法の不当な妨害

本件については陪審による審理が行われたのであるが、コンソーシアムないしブライアントが被告萬世に対して欺罔行為を行ったかどうかを陪審による判断事項に入れることは米国法上不可能である旨裁判官により判定され、陪審判断事項とされなかった。これは日本側当事者の攻撃防御方法を不当に妨げた判決手続といわざるを得ないから、本件外国判決は、相互の保証を欠き、日本において執行できない。

(三) 補償的損害賠償認定手続の公序違反

原告は、コンソーシアムと異なり、被告萬世とコンソーシアムとの契約に関連して何らの出費もしていない。にもかかわらず、本件外国判決は被告ら両名並びに小泉及び浅井に対し、補償的損害賠償として四二万五二五一ドルを原告及びコンソーシアムに支払うべき旨を命じた。また米国法上補償的損害賠償は実損害額のみに限定されているにもかかわらず、本件外国判決は、補償的賠償として逸失利益をも認めた。さらに、コンソーシアムと法律事務所との契約書によれば、コンソーシアムには法律事務所の手数料の支払義務が全くなく、また現実に支払っていないにもかかわらず、原告は、法律事務所の手数料として五万五〇〇〇ドルを請求し、本件外国判決はこの一部又は全部を認めた。

以上のような補償的損害賠償が認められるに当たって、本件外国判決裁判所においてなされたコンソーシアムの損害についての立証は、もっぱら当時の同社代表者であるブライアントの手書きの帳簿と同人の証言のみによるものであり、第三者からの領収書等の客観的な証拠の提出は皆無であった。また、ブライアントは、本件外国判決の手続中もブライアント個人の破産に関する証拠を被告萬世が提出することに反対し、米裁判所もブライアントの右言い分を認めるなど不公正であった。被告らは陪審員に対し右書証の内容を開示することも許されなかった。

以上の事情からすれば、本件外国判決を下した裁判所の審理は正規の主張、立証によらず、また、文明国の認める法則に適った公正な手続によったとは到底いえない。

3  懲罰的損害賠償と民事訴訟法第二〇〇条にいう「判決」

現在の国際社会は、相互に平等で、かつ、独立を保つ主権国家の併存の下に成り立っている。この基本的構造の下では、各国がその主権を行使した際の効果は他国に及ばず、各国の主権の行使について他国は一切干渉し得ない。したがって、ある国の裁判所が下した判決の効力も当該国内に留まり他国には及ばないのが国際法上の大原則である。民事訴訟法第二〇〇条は外国裁判所の判決の承認の制度を設けているが、これは国際的な私法的権利義務関係の安定を図る趣旨から、私人間の権利義務関係の確定を目的とする民事裁判についてのみ外国と我が国との間の主権の境界を例外的に解除したものである。

したがって、国内の秩序維持という国家的目的の下になされ、各国の主権の行使の核心をなす刑事裁判については、外国でなされた判決の効力を他の国において認めることは国家間の主権の独立を侵すことになるから、これを我が国において承認し、これに基づいて我が国で刑罰の執行をすることが不可能である。

ところで、懲罰的損害賠償は被告に制裁を加えるために課される実質的な刑罰であり、これを命ずる判決及びその執行は、刑罰の執行と同じく国家的目的に根ざした公権力の行使と考えられる。したがって、懲罰的損害賠償を命じる判決を民事訴訟法第二〇〇条によって我が国で承認、執行することは、単に私人間における権利義務関係の国際的安定を図った同条の趣旨を超え、国家的目的に根ざした純粋な公権力の行使について米国と我が国との主権の境界を解除する結果になるから許されないというべきであり、懲罰的損害賠償を認めた判決部分は、同条にいう「判決」に当たらないというべきである。

4  懲罰的損害賠償と公序〜制度としての公序違反

懲罰的損害賠償は、以下の点で我が国の公序に反する。

(一) 懲罰的損害賠償制度は、不法行為者である被告を処罰することによって同種行為の反復を防止することを目的とする私法上の秩序維持手段である。したがって、これは一種の民事罰制度であるが、我が国の法秩序においては、人を処罰する刑事手続と財貨の公平な移動を図る民事手続とは厳然と区別されているのであり、かかる制度は我が国の法秩序の基本的構造に反するといわざるを得ない。

(二) 罪刑法定主義を定める憲法第三一条は、厳格な意味での刑事罰に限って適用されるものではなく、例えば判例上、罰金、科料と実質的に同視しうる秩序罰や執行罰としての過料にも準用されるべきことが認められている。懲罰的損害賠償も被告を処罰し同種行為の反復を予防するために課されるものであり、刑罰としての罰金、過料と目的を同じくしており、その実質はこれらと全く同一である。したがって、懲罰的損害賠償についても、対象となる行為、賠償額の上限が成文法によって明確に規定されていなければならないにもかかわらず、懲罰的損害賠償については明文の規定が存せず、いかなる行為に課せられるのかについても、判例上「加害者に故意又は悪意のあるとき」という漠然とした基準があるにすぎない。また、賠償額の上限についても何ら基準が存せず、陪審員の自由裁量に任されているので、いくらでも過大になり得るし、恣意的な判断がなされないという保障も存しない。米国においても、懲罰的損害賠償について予測可能性のないこと、賠償額が陪審員の恣意に流れる危険のあることはつとに批判されているところである。したがって、懲罰的損害賠償を命じた判決を我が国で執行できるとすることは、適正手続を保障する憲法第三一条に反し、公序良俗の基盤である人権を蹂躙するものであることは明らかである。

(三) 懲罰的損害賠償は実質的に刑罰と同視すべきであるが、一般の民事手続によって課されるため、刑事手続において被告人に保障されている厳格な証拠法則の適用がない。十分な反対尋問の保障もなく制裁が課されることを容認することは、憲法第三一条、第三七条にも反し、公序良俗を著しく害することになるといわざるを得ない。

(四) また、民事上懲罰的損害賠償を命ぜられたとしても、刑事上の訴追を免れ得るものではないことはいうまでもなく、重ねて刑罰を科されるおそれがあることは否定できない。したがって、懲罰的損害賠償判決を受けた被告は、常にいわゆる「二重の危険」に実質的にさらされる結果になる。このことが憲法第三九条に反することは明白であり、この点においても我が国の公序と全く相容れないというべきである。

5  懲罰的損害賠償と公序〜事案との関係における公序違反

本件外国判決は、被告萬世に懲罰的損害賠償を課するについて、萬世に「intentional misrepresentation and intentional concealment of material facts」(意図的な不実表明と重要事実の意図的隠蔽)があったと認定している。

懲罰的損害賠償は被告の非行を非難・懲罰するために課されるものであるから、被告の行為が倫理的に非難に値するような場合、すなわち悪意をもって、又は他人に対して発生するであろう結果を意識的に無視して行動した場合に限られるのであり(後者の場合に表わすために、wanton〔理不尽な〕、reckless〔無謀な〕、evil〔邪悪な〕、wicked〔不正な〕、malicious〔悪意ある〕といった言葉が用いられる。)、単なる過失による場合には懲罰的損害賠償が許されないことはもちろん、単なる重過失でも不十分とされる傾向にあるといわれる。

しかしながら、本件外国判決が認定している「intentional……」という事実は、前記の「wanton」などという言葉で表現されるのと同一の評価を与えられてしかるべき非行に当たるのか、理由の全体を通覧してみても、到底納得できるものではなく、被告萬世に具体的にどのような帰責事由があるのか全く不明である。むしろ、この判決の認定事実からすれば、客観的に見て、被告萬世に対して懲罰的損害賠償を課すべき要件は満たされていないといわざるを得ない。

そうすると、本件外国判決が、その認定事実から直ちに被告萬世に対して懲罰的損害賠償を課したことは、その要件を欠くにもかかわらず、安易に懲罰的損害賠償を命じたものといわざるを得ず、この観点からも、懲罰的損害賠償の支払いを命じた本件外国判決は、我が国の公序良俗に反するものというべきである。

6  本件外国判決の主文の解釈等

仮に被告らに対する補償的損害賠償部分についての外国判決の執行を我が国で認めざるを得ないとしても、左記範囲の限度でしか認められないというべきである。

(一) 執行判決は、外国主権の名において発せられた給付命令の我が国における執行を承認するものであるから、右給付命令の内容・趣旨は、執行にかかわるものとして法廷地法により決定されるべきである。

ところで、本件外国判決は、その主文において「反訴原告ノースコンⅠ及びコンソーシアムは反訴被告萬世、片山、小泉及び浅井に対して、補償的損害賠償として金四二万五二五一ドルの請求権がある」としており、そこには、本件原告が訴状に記しているような「各自」あるいは、「連帯して」に当たるような文言は掲げられていない。そして、我が国においては、被告複数の主観的請求の併合の訴えで同一の金額の金員の支払いを命ずる場合、強制執行の関係でその主文において被告相互の関係を明確にしなければならないのであり、これを欠くときは、民法第四二七条の規定に基づき、被告らに対し平等分割による負担を命じた趣旨と解される。

そうであれば、本件外国判決の主文は、萬世、片山、小泉及び浅井に対し「それぞれ金四二万五二五一ドルの四分の一の金員を支払え」と命じたにすぎないことになる。したがって、執行が認められるのはこの限度に限られるものというべきである。

(二) 本件外国判決は、訴訟費用として「コンソーシアム、オレコン、ノースコンⅠ、ノースコンⅢ、ブライアント及びウィレットは萬世、片山、小泉及び浅井に対し、訴訟費用金4万0104.71ドルの支払請求権がある」としているが、右の訴訟費用の裁判も、補償的損害賠償について述べたのと同一の理由により、被告萬世及び同片山に対して、それぞれ金4万0104.71ドルの四分の一の金員の支払いを命ずる限度において認容されるべきである。

(三) 執行判決において承認されるのは外国裁判所のした確定の民事判決であるところ、本件外国判決中に利息の支払いを命ずる記載はないから、本件損害金の請求は承認の対象にならないというべきである。

四  被告の主張に対する反論

1  原告の当事者能力について

原告は、もともと本件外国裁判の審理の対象となった取引以外に何の取引もしていない。マルマンとの取引が失敗し、そしてそのために提起された右外国裁判所での訴訟進行、勝訴判決の執行等の残務整理が原告に残された業務であり、ひとえにそのためにのみ原告は解散しないで現在まで存続している。さらに、本件外国判決の執行が終了し、原告の解散・清算が行われるまでは、原告には費用の支出はあっても、何らの収入がなく、したがって税法上も申告すべき収入がないから、その申告をしていないにすぎない。被告らは原告が「消滅」していると主張するが、そもそも一旦設立された組合が判決債権等の資産を残して消滅するものではない。そして、原告は本件において勝訴判決を執行しようとその残務整理の事務を行っているのである。

2  懲罰的損害賠償について

懲罰的損害賠償には被告らが批判する要素が内在してはいるが、反面その制度の下では法の実現を刑事法にのみ頼らず、私人が役割を果たすことができるというメリットがある。しかも、被告らが懲罰的損害賠償が日本国憲法に違反するとして指摘する憲法の条文と実質的に同一の条文を有するアメリカ合衆国憲法の下においては、懲罰的損害賠償が憲法違反であるとされてはいないのである。要するに、懲罰的損害賠償制度を採用するか否かは単に一国の司法政策上の判断に過ぎず、日本が現在その制度を採用していないとしても、それをもって直ちに懲罰的損害賠償を認めた外国判決部分が公序良俗に反するということはできない。

そもそも、民事訴訟法第二〇〇条第三号にいわゆる公序は、民法第九〇条の国内実質法上のそれよりも狭いというべきであって、狭義の国際私法(法例第三〇条)と国際民訴法とを統一した概念としての抵触法上の公序であるといわれる。すなわち、外国判決の承認は、狭義の国際私法における外国法適用と同様、ともに独立主権国家の併存という現在の世界の実情を前提とし、自国とは異なる他の諸国における法的正義の多元性を極力尊重する姿勢を堅持しつつ処理すべきものであり、自国の正義観念それ自体の全面的貫徹は初めから放棄しつつ、どうしても譲るに譲れない一線を確保するため抵触法上の公序が問題になるに留まるといわれる。

我が国においては、民事責任の機能を被害者の救済、被害の填補だけに限定すべしというドグマの存在にもかかわらず、慰藉料の支払いを命ずる判決中には制裁的要素が本質的に含まれているといわれる。現に、損害填補の一環としてではなく、実質的損害の認定をすることなく、明示的に懲罰的ないし制裁的慰藉料のみの支払いを命ずる判決が言い渡された例もある。要するに、我が国においても、懲罰的損害賠償と同様の性格をもつ制裁的ないし懲罰的慰藉料は、判例上も条文上も否定されていないのであって、したがって、懲罰的損害賠償も国内実質法上公序に反することはないというべきであり、それを認めた外国判決の承認、執行には何らの障害もないのである。

仮に、百歩譲って懲罰的損害賠償が日本の国内実質法上の公序に反するとしても、少なくとも抵触法上の公序に反するということはない。前述のとおり、他国における法的正義は極力尊重されるべきであり、懲罰的損害賠償制度が日本の司法にとってどうしても譲るに譲れない一線を超えたものとは到底いえないからである。そうでなければ、陪審の評決に基づき、あるいは、基本的に実定法によらず判例法に基づき言い渡された外国判決は日本で執行できないということにもなりかねず、それではかえって抵触法上の公序に反することになるであろう。

第三  証拠<省略>

理由

一本案前の主張(被告の主張1)について

<証拠>によれば、原告は、オレゴン州グレシャム市の工業団地でのマルマンの進出地区を取得すること等を目的として一九七九年に結成されたパートナーシップであり、ブライアント、シー・ロジャー・ウィレット(以下「ウィレット」という。)及びロバート・フレッチャー(以下「フレッチャー」という。)の三名に原告の業務執行権があること、業務執行組合員は組合の財産管理について代理権を持っており、訴訟を行うについての代理権の制限は特に存しないこと、構成員からは独立して組合財産の管理が行われていること、原告は一九八一年以降税務申告を行っていないが、これは、マルマンらとの間で工業団地進出に関して訴訟となり収益がなかったためであること、右訴訟は失敗に終った原告の事業の残務処理というべきものであり、本件外国判決の執行が終了すれば右残務処理も終了する予定であることの各事実を認めることができる。

なお、<証拠>によれば、本件外国判決の証言録取手続において、ブライアント及びフレッチャーが、原告が米国パートナーシップであるノースコンⅤにマルマンが進出予定の区画を譲渡した旨の供述をしていることが認められるが、仮に右供述から区画譲渡の事実が認められるとしても、それにより直ちに原告が消滅するとはいえない。そして、右証言録取後に言い渡された本件外国判決の第一審及び控訴審のいずれにおいても、原告が当事者として扱われており、これに対して被告らが特に異議を述べた事跡も窺われないことからすれば、区画譲渡を理由に原告が消滅したとの被告らの主張は採用できない。

以上によれば、原告の存在もまたブライアントの代表権も認めることができる。そして、右のような原告の組織内容等よりすれば、我が国の民事訴訟法上当事者能力を認めるに十分である。

二原告の主張について

1  本件外国判決の内容

原告の主張する事実のうち、本件外国判決の主文内容を除いた訴訟の経過部分及び本件外国判決確定の事実については当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、本件外国判決の主文中被告らに関係する部分は次のとおりであることが認められる。

賠償額に関する主文として、「反訴原告ノースコンⅠ及びコンソーシアムは反訴被告萬世、片山、小泉及び浅井に対し、補償的損害賠償として金四二万五二五一ドル、反訴被告萬世に対しては懲罰的損害賠償として追加金一一二万五〇〇〇ドルの請求権がある旨の判決を受ける」。

訴訟費用に関する主文として、「コンソーシアム、オレコン、ノースコンⅠ、ノースコンⅢ、ブライアント及びウィレットは、萬世、片山、小泉及び浅井に対して、訴訟費用金4万0104.71ドルの支払請求権がある」。

2  判決上の権利義務の性質

これについては後記七1で検討する。

3  判決上の権利に対する利息

<証拠>によれば、カリフォルニア州においては、判決により支払いを命じられた金員について、一九八三年六月三〇日までは言渡しの日から年七パーセント、同年七月一日からは言渡しの日から年一〇パーセントの各割合による利息が発生するものとされていることが認められる。

4  民事訴訟法第二〇〇条第一、第二、第四号の要件

本件外国判決を言い渡したカリフォルニア州裁判所の裁判権は、法令上は条約において否認されていない。また、敗訴した被告らはいずれも日本人であるが、同人らが本件外国判決の訴訟手続において公示送達によらずして呼出等を受けたことは、被告らにおいて争わないところである。そして、カリフォルニア州民事訴訟法典第一七一三条の一ないし八によれば、同法上、外国判決は、我が国におけると実質的に同等な条件の下で承認されるものと認められるから、民事訴訟法第二〇〇条第四号にいう相互の保証があるということができる。

同条第三号の要件等に関する被告らの主張については項を改めて検討する。

三判決の詐取(被告の主張2(一))について

<証拠>によれば、原告とともに被告らに対する反訴を提起していたコンソーシアムは、本件外国判決の第一審判決の後である一九八三年一一月二二日カリフォルニア州北部地区連邦破産裁判所にアメリカ合衆国連邦倒産法第七章に基づく破産申立てを行い、右申立てにかかる破産事件はオレゴン州連邦破産裁判所へ移送され、控訴審判決確定後である一九八七年一一月六日に清算手続が完了したことが認められる。

ところで、連邦倒産法第七章によれば、同章に基づく手続においては破産申立後は管財人が選任されるものとされているところ、同法上破産財団に属する財産について管財人のみが訴訟追行権を有するものとされているならば、右破産申立後の本件外国判決の手続が米国法上適法といえるかが問題となるとも考えられるが、仮に右手続が米国法上不適法とされるとしても、そのこと自体によって本件外国判決が我が国の公序に反することになるわけではない。けだし、公序に反するか否かの判断は、当該外国判決の手続が当事者の防御権の保障等我が国の訴訟制度の基本原則に反し、その執行を認めた場合に生じる事態が真に忍びないものになるかどうかによってなされるべきものと解されるところ、破産手続が行われたのはコンソーシアムについてであり、原告についてではないこと、破産申立てがなされたのは第一審判決後であり、既に右判決においてコンソーシアムは勝訴判決を得ており右判決は控訴審においても維持されていることからなどして、本件外国判決手続において被告らの防御権が著しく害されたとは到底いえず、他に我が国の訴訟制度の基本原則に反するような事情があったと認めることはできないからである。

被告らは、カリフォルニア州民事訴訟法典第一七一三条四(b)(2)が「外的な詐欺」によって得られた判決の承認を認めない旨規定していることから、我が国における外国判決承認の要件との間で相互の保証を欠く旨主張するが、我が国の民事訴訟法の解釈としても詐取された判決の承認を拒否することは可能であるから、被告らの主張はその前提において失当というほかはない。

四攻撃防御方法の不当な妨害(被告の主張2(二))について

被告らは、本件外国判決の手続が日本側当事者の攻撃防御方法を不当に妨げたものであったと主張する。しかしながら、日本国民であるがために(ないしはアメリカ合衆国民でないがために)不当な手続を受けたとの具体的事情は、被告らも何ら主張していない。また、コンソーシアムらの欺罔行為を陪審の判断事項に入れることができないとの第一審裁判所の判断がいかなる意味において不当なのかについても何ら主張がない。したがって、この点に関する被告らの主張は失当というほかない。

五補償的損害賠償認定手続の公序違反(被告の主張2(三))について

この点に関する被告らの主張は、判決内容ないし手続の公序良俗違反を認めるに足りるだけの事情を主張するものではなく、所詮本件外国判決の事実認定ないし法令解釈の誤りを主張するものに過ぎないというべきであるところ、執行判決の審理に際しては右の点についての判断を行ってはならない(民事執行法第二四条第二項)のであるから、被告らの主張は失当というほかない。

六懲罰的損害賠償(被告の主張3ないし5)について

1  懲罰的損害賠償は外国判決承認の対象となるか。

懲罰的損害賠償は、補償的損害賠償が認められる場合で、特に被告に主観的な悪事情がある場合に、将来の同種違法行為の抑止を主な目的として、補償的損害賠償とは別に課されるものである。その意味で罰金同様の目的を有することは否定し難いところであるが、懲罰的損害賠償は、直接的には私人間の権利に関わるものであり、懲罰的損害賠償を求めるかどうかも私人の意思如何にかかっていること等からすると、これを刑罰と同視することは相当でないし、そもそも不法行為の効果としていかなる法的効果を付与するかは、その国の法律思想ないし伝統に根ざす司法政策の問題であるから、我が国の法制上懲罰的損害賠償が認められていないからといって、あるいは、懲罰的損害賠償が刑事的な目的を有するからといって、これを命ずる外国判決が如何なる事案についてであれ一切承認の対象とならないとすることは相当でないというべきである。

2  懲罰的損害賠償と公序

(一)  本件外国判決の認定事実

外国判決が我が国の公序に反するかどうかを判断するに際しては、当該法制度それ自体の我が国の公序との抵触の如何を問題にするのではなく、あくまでも具体的事案について、当該外国判決の認定事実を前提としつつ、執行される内容及び当該事案と我が国との関連性の双方からみて、当該判決の執行を認めることが我が国の公益や道徳観念に反する結果となるか、あるいはその執行により我が国の社会通念ないし道徳観念上真に忍びない過酷な結果がもたらされることになるかどうかの点を判断すべきである。

そこで、本件外国判決の認定事実についてみるに、<証拠>によれば、懲罰的損害賠償を課されることとなった前提となる事実は別紙のとおりであること、不実表明を理由とする原告らからの損害賠償請求について、本件外国判決は、右認定事実に基づいて、小泉、浅井及び被告ら両名が「意図的不実表明」及び「重要事実の意図的隠蔽あるいは抑制」について有責であるとし(なお浅井のみは前者については有責とされていない。)、補償的損害賠償を命じたこと、被告萬世に対しては陪審の裁量に基づき懲罰的損害賠償を命じたこと、マルマンに対しては全く責任がないとし、補償的損害賠償も命じられなかったことが認められる。

(二)  被告萬世の責任の根拠について

本件外国判決の右認定事実によれば、被告片山らは被告萬世ではなくマルマンの役員としてテレックスを送付していること、オレゴン進出の意思のないことを告げなかったのは、マルマンの社員であって被告萬世の社員ではないこと、独占開発者契約の契約当事者となり、後に社長のイズミを解任して開発契約の無効を主張しカリフォルニア州上位裁判所に訴えを提起したのはいずれもマルマンであり、その前後の交渉を行ったのもマルマンの従業員ないし役員だったことが明らかであり、被告萬世については右一連の経過に直接関与していたことを窺わせるに足りる事実関係は本件外国判決上何ら認定されておらず、「意図的不実表明」及び「重要事実の意図的隠蔽あるいは抑制」に該当するような被告萬世自体の具体的行為も何ら認定されていない。

被告萬世に関して本件判決上認定されているのは、(ア)被告萬世がマルマンの株式の九〇パーセントを有しており、被告片山と後藤が被告萬世とマルマンの役員を兼任していたこと、(イ)一九七九年一一月二日頃、マルマン社長であるダン・イズミが被告萬世を代表して独占開発者契約書の付加条項を作成したこと及び(ウ)その頃、被告萬世はマルマンを訴外東芝に売却する交渉をしていたことの三点のみである。

しかし、本件外国判決の認定によれば、一九七九年三月一六日に締結された独占開発者契約の当事者はマルマンであることが明らかであり、被告萬世が契約交渉に直接関与したとの認定は全くされていないこと、<証拠>によれば独占開発者契約書付属契約書においてダン・イズミはマルマンの社長として署名しており、右契約書中に被告萬世を代表する旨の記載は全く存しないうえ、<証拠>によれば、本件外国判決手続において提出された反訴状において、原告らは、前記付属契約書を引用しつつ、右付属契約はマルマンが締結した旨主張しており、他方、本件外国判決手続において提出された訴状においても、被告らは右書証を引用しつつイズミが右付属契約を締結したと主張していて、当事者間においてイズミがマルマン社長として契約を締結したことに争いがなかったものと認められることなどからすれば、右(イ)のように被告萬世が付属契約を締結したという本件外国判決の認定は、他との事実的・論理的関連性を明らかに欠くというべきであり、右の認定部分は、イズミがマルマンを代表して付加条項を作成したことの誤記と解するほかはない。

そして、本件外国判決においてはマルマンには懲罰的損害賠償だけでなく補償的損害賠償さえ課されていないことからすれば、被告萬世に対して子会社であるマルマンの行為について代理責任ないし監督責任が問われたとは考え難いから、同判決は、結局、右(ア)及び(ウ)の事実のみに基づき被告萬世自身の不実表明についての加害行為があると判断し、これに対して懲罰的損害賠償を課したものと考えるほかはない。

(三)  我が国の公序との抵触の有無について

右認定の事実関係をもとに本件外国判決の公序違反の有無について検討するに、被告萬世に対する懲罰的損害賠償の根拠とされた「意図的不実表明」及び「重要事実の意図的隠蔽あるいは抑制」については、前記のような事実が認定されているにとどまるところ、かかる事実のみから被告萬世に「意図的不実表明」又は「重要事実の意図的隠蔽あるいは抑制」ありとするのは、経験法則及び論理法則に照らしていかにも無理があるというべきであり、しかも、独占的開発者契約の当事者として原告らとの間で取引を進め、後に右契約の無効を主張するに至ったマルマンについては、補償的損害賠償さえも認められなかったことと対比すると、ひとり被告萬世に対して前記のような薄弱な根拠に基づき本件訴え提起時の邦貨換算にして約一億五〇〇〇万円にも上る巨額の懲罰的損害賠償を命ずる外国判決の執行を容認することは、我が国における社会通念ないし衡平の観念に照らして真に忍び難い、過酷な結果をもたらすものといわざるを得ない。

したがって、本件外国判決のうち懲罰的損害賠償を認めた部分の我が国における執行を認めることは、我が国の公序に反するものというべきである。

七執行承認の範囲(被告の主張6)について

1  被告らは、外国判決が給付判決の場合、給付命令の内容・趣旨は執行に係わるものとして法廷地法により決定されるべきである旨主張する。しかしながら、外国判決の承認とは、我が国の公序に反しない限り、判決がなされた国においてその判決の有する一切の効力を我が国において承認することであり、ここにいう効力とは、その判決がなされた国の法律に基づいて有する効力をいうものと解するべきであるから、本件外国判決についても、右判決がカリフォルニア州法上認められる効力を承認すべきものである。

ところで、本件外国判決の主文は前記二1に記載のとおりであるところ(なお、補償的損害賠償に関する主文部分の原文は「……cross-complainants NORTHCON I and CONSORTIUM have judgement against cross-defen-dants MANSEI, KATAYAMA, KO-IZUMI and ASAI for the sum of $425,251.00 as compensatory dam-ages……)、訴訟費用に関する主文部分の原文は「……CONSORTIUM;ORECON; NORTHCON I, NOR-THCON Ⅲ, BRYANT and WIL-LETT have costs against MANSEI,KATAYAMA, KOIZUMI and ASAI in the amount of $40,104.71……」である。)、<証拠>によれば、原告が単独で各被告に対して前記各認定額の全額につき執行を許す旨の執行文がカリフォルニア州上位裁判所によって原告に付与されており、このことからすれば、同州法上、本件判決によって勝訴者らに認められた権利は不可分債権的なものであり、敗訴者は各自認容額全額について支払義務を負うものと解される。

2  次に、被告らは、外国判決承認の対象となるのは主文のみであり、本件外国判決の主文中では遅延損害金の支払いが命じられていない以上、遅延損害金部分は承認の対象とならないと主張する。しかしながら、外国判決の承認は、当該判決が判決国の法律上有する効果をそのまま承認するものであること、また、主文に何を記載するかには多分に技術的な側面があることからすれば、主文に記載がないとしてもカリフォルニア州法上当然に認められる遅延損害金もまた承認の対象になるものというべきである。

八結論

以上によれば、原告の請求は、補償的損害賠償及び訴訟費用に関して総額米貨46万5355.71ドルの支払いを命じた判決及び右金員に対する一九八二年五月一九日以降一九八三年六月三〇日まで年七パーセント、同年七月一日から支払済みに至るまで年一〇パーセントの各割合による利息支払義務につき強制執行の許可を求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却すべきである。なお、仮執行宣言については民事訴訟法第一九六条第三項を適用し、免税宣言を付することとする。

(裁判長裁判官魚住庸夫 裁判官菅野博之 裁判官小林宏司)

別紙外国判決抜粋

セミコンダクター製品製造企業、マルマン・インテグレーテッド・サーキッツ インク(以下マルマン)は一九七五年七月二六日に会社組織となった。カリフォルニア州サニーベールにあるこの会社は、日本の企業である萬世工業株式会社(以下萬世)から$1,000,000の出資を受けて設立された。その見返りとして、萬世はマルマンの株式の九〇%を受け取った。ヒデキ・ダン・イズミ(以下イズミ)はマルマンの社長で取締役の一人だった。残りの取締役は、萬世社長ヨシタカ・カタヤマ(以下カタヤマ)、元萬世の技師で、マルマンの財務担当副社長となったヒロヤス・コイズミ(以下コイズミ)、マルマンの副社長兼書記のテルヨシ・アサイ(以下アサイ)、並びに、萬世副社長ケンジロウ・ゴトウ(以下ゴトウ)の四人である。

デイビッド・ブライアント(以下ブライアント)は一時、オレゴン州にある不動産開発の専門会社、ポーラー・エンタープライズの副社長をしていた。その地位でブライアントは、マルマンがサニーベールの本社で行った二つの拡張事業に関与した。一九七九年二月末にブライアントは自らコンソーシアム・カンパニー(以下コンソーシアム)という開発会社を設立した。コンソーシアムは開発企業として、土地や関心のあるテナントを探し、共同出資者や金融機関を通じて開発資金源を見付けてプロジェクトをまとめ、その後は、当時者間の仲介者としてプロジェクトの工事を監督していた。

一九七九年三月一六日、一通の独占開発者契約書(an exclusive developer agreement)が作成された。この書類には、(1)ブライアントとC、ロジャー・ウィリット(以下ウィリット)がオレゴン州ポートランド付近に工場施設を開発すること:(2)このプロジェクトの資金として、オレゴン工業開発レベニュー債発行の手配をすること:及び(3)マルマンの設計明細書に従って工場施設を建設することなどが定められていた。この契約書には、マルマンがプロジェクトを遂行することを辞退し、その旨をオレゴン州がレベニュー債発行を決定する以前に文書でブライアントに伝えた場合には、マルマンは$25,500だけ支払う義務があることも定められていた。契約書には、マルマンの取締役の授権をもってマルマン社長イズミがこの契約を結んだ、と書かれている。取締役会の授権に関する文章は、イズミが書類に署名する前にイズミによって抹消された。マルマンの取締役会からこの契約を結ぶ権限を与えられていることを述べた契約書の部分をイズミが抹消した事実から考えて、ブライアントは取締役会の決議書を三〇日以内に得る必要があることをイズミに告げた。

その後数週間のうちに、コイズミはオレゴン州を訪れ、土地を視察し、銀行の職員に会った。オレゴン側の人々もサニーベールへ行って、マルマンのオフィスや工場を見学した。コイズミを含めたマルマンの重役はオレゴンの人々に紹介された。

一九七九年四月二五日、ブライアントは、オレゴン進出を進めるためのマルマン取締役会の承認を得るために、サニーベールでイズミとコイズミに会った。コイズミとイズミは別室に入り、日本のカタヤマに電話をかけた。コイズミはカタヤマにアメリカへテレックスを送るように要請し、カタヤマは同意したようだった。電話の後、イズミとコイズミは決議書の草稿を準備し、コイズミがそれをテレックスで日本へ送った。すぐ後でコイズミは日本へ二度目の電話をかけ、テレックスにカタヤマとゴトウの名前と肩書を付け加えることを要請した。こうした努力の結果、イズミがブライアントと独占開発契約(an exclusive development agreement)を結ぶことを承認するテレックスが送られて来た。イズミとコイズミはそのテレックスに会社での肩書をつけて自ら署名した。

日本からテレックスを受け取った二、三日後、イズミ、コイズミ、並びにマルマンの財務部長J・ゼアフォスは、あるオレゴンの銀行の役員と会うためにポートランドへ飛んだ。会見の前夜ブライアントは三人と協議し、提案されているオレゴンのプロジェクトや銀行を通して得られそうな資金やマルマン工場用のオレゴンの候補地について話し合った。翌日、銀行役員との会見の後で、ブライアントはイズミ、コイズミ、並びにゼアフォスを、マルマンの施設を建設することを提案していたオレゴン州グレシャムにあるグラディンの候補地へ車で案内した。

グラディンの地所はグラディン工業団地と呼ばれることになり、提案されたプロジェクトの用地に決定された。一九七九年八月三一日に、メルビン・グラディン、コンソーシアムなどによって土地の賃貸契約書が作成された。その後、役所の承認を何件か取得しなければならなかった。用地は再区画し、下水や街路の建築のために州政府直轄地(local improvement districts)を定め、交通・消防規制を満たす必要があった。

一九七九年九月上旬、グレシャム市議会の建物で、グラディン工業団地の建設を発表する記者会見が行われた。プロジェクトに関する記事の切り抜きはサニーベールへ送られ、マルマンの掲示板に掲示された。「オレゴン州グレシャム マルマン・インテグレーテッド・サーキッツ」と題された建設予定施設の大きな絵図が、マルマンの会議室やマルマンの施設管理部長の部屋に掲げられた。

一九七九年の四月か五月から、オレゴン進出に関する会議がサニーベールの施設で開かれるようになった。プロジェクトは毎週のスタッフ会議で話し合われ、これにはイズミ、コイズミ、並びにアサイが参加した。計画の責任者は、設計者や建築業者、下請け業者、マルマンのスタッフらと会い、オレゴンの施設や設備の設計明細について協議した。計画責任者からコイズミにオレゴンの工場設備購入の請求が八〜一〇件出された。プロジェクトはマルマンの建物の中で公然と話し合われた。一九八〇年一月以前には、マルマン社員の誰一人としてマルマンがオレゴン進出を直ちに実行する意志のないことをブライアントに告げる者はなかった。

ブライアントは、オレゴンの開発公債を資金源として利用できるようオレゴン経済開発委員会からオレゴンのプロジェクトの認可を得る努力を続けたが、最終的には認可を得ることはできなかった。これは多分、マルマンが工業団地の主要テナントとしては財政的な力が不足していたためである。

一九七九年一一月二日またはその前後に、イズミはノースコンⅢとパートナーシップ契約を結んだ。ノースコンⅢは、グラディン工業団地の中でマルマンに占められる以外の部分の開発に当たる組合だった。この契約によって、イズミはノースコンⅢの組合持分(in-terest)の一〇%を受け取ることになっていた。

その日イズミは萬世を代表して、独占開発者契約書の付加条項を作成した。以下が関連のある付加条項である。ブライアントとその提携者ウィリットは契約に基づくその権利と義務をオレゴンのゼネラル・パートナーシップであるオレゴンに譲渡した。オレゴンの組合員は、マルマンの進出を完成させるためにノースコンⅠという組合を設立した。当事者はこの時点で、工業レベニュー債がプロジェクトの資金源として使えないと考えていた。マルマンはプロジェクトを遂行することを最終的に決定した。

このころ、萬世を代表したカタヤマと株式会社東芝のセミコンダクター部門の総責任者は、東芝によるマルマンの株式取得の可能性に関する合意書をちょうど作成したところだった。

一九八〇年一月二二日に、「コンソーシアム――マルマン・インテグレーテッド・サーキッツ インク賃貸契約書」と題する一〇〇ページの書類が作成された。これは、地主であるコンソーシアムとテナントであるマルマンとの間の賃貸契約だった。この賃貸契約には、ブライアントとウィリットはマルマンと独占開発契約を結んだこと、コンソーシアムがその契約によってブライアントとウィリットの権利を受け継いだことが書かれている。この賃貸契約書には、イズミがマルマンの社長として、ブライアントがコンソーシアムの社長としてそれぞれ署名している。一九八〇年二月、マルマンはイズミを解雇し、この賃貸契約を無効のものとしようとした。

裁判でマルマンは、会社をオレゴンに進出させる意図はなかったこと、イズミ、ブライアント、並びに他のオレゴンの各種組合による共謀に欺かれてマルマンが賃貸契約を結んだことを示す証拠を提出した。カタヤマとコイズミの両名は、テレックスの決議書はマルマンのカリフォルニアでの営業に是非とも必要な資金をオレゴンの銀行から獲得する目的で使われる「手紙」であると信じていたこと、その手紙をもって取締役会の決議書とする意志は全くなかったことを証言した。

その後の裁判の中でマルマンは宣言的救済(declaratory relielf)を求めて、イズミ、ブライアント、ウィリット、コンソーシアム、ノースコンⅠ、ノースコンⅢ、及びその他数名を相手取り訴訟を起こした。その訴状によれば、イズミ、ブライアント、並びにコンソーシアムが詐欺をはたらくことを共謀した、ということだった。コンソーシアムとノースコンⅠは、マルマン(現在は東芝)、萬世、カタヤマ、コイズミ、アサイ、ゴトウ、及びイズミを相手取って反訴を起こし、契約違反、契約関係への干渉、マルマンがオレゴンのプロジェクトを進める意図があったという不実表示をするための詐欺や共謀があったと主張した。イズミはこれとは別に、東芝、萬世、カタヤマ、コイズミ、アサイ、及びゴトウを相手取って反訴を起こした。

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